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社会人の常識(1)

いつも不思議に思う。いい年をしている社会人はまるで自分以外だれも存在しないように振る舞う。自分はそのような行為によって邪魔されたり/被害にあったら恐らく怒るだろう。ではなんで周りの人、他人の事を考えないのか。

無論全部ではないが、もうすでに数十年間社会が「デジタルの世界」に沈没し続けているから、人はもはや他人や外界に「目を向ける」必要がなくなり、いつも一人で独自の世界(バーチャル・リアリティ)にいる。違うかもしれないが、私はそのような印象をうけている。電車や町を見回すと、人の顔を見るより、携帯を凝視する人の方がアット的に多い。

これでは車が入れない
駐車場の入り口に斜め

治療院の例。駐車場一台分しかない。治療室にベッド2台ある。従って、来院している人以外にもう一人がいるか/これから来るかもしれない。それなのに自転車(→写真)あるいは原付バイク(→写真)で来院してくる人は自分の自転車/バイクが他人/車が入れないように置く。

それは少々お粗末ではないかと思う。それとも・・・私はただ煩いのでしょうか。

これで治療院の出入り口も半分塞がってしまい、やはり車が入れない

「性」とは社会的、文化的、歴史的など多方面から影響または制限を受けている。場合によって「語るべからず」 (taboo) ものでもある。しかし、「性」無しでは「人間」を語れない。

人間と動物の違いは上記の社会、文化、歴史、教育や宗教的要素にはある。「性」の刺激を受けてもそれに直接対応する行動をとらない人(つまり日常生活では大半の人々)は長い教育課程で「無理やり」に身に付けた「自制」を効かせている。

実際に男女は絶えずお互いに性的刺激を送信する事はそれより遥か昔から存在するシステムであり、全ての文化、教育や宗教より根が深い。

どれ位か?地上に多細胞生物が現れているから、それらの生物の殆どは雄-雌に分かれて繁殖する。そして繁殖は無論その種の存続のためである。

女性の真っ赤な唇(口紅を付けるのは只の流行ではない!)、体曲線が自然と目立っていた上に服装で強調し、製薬会社がちゃんと性的刺激物と添加する香水を付けると、「自動的」に男性を発情させる「繁殖力有り」と言う刺激を送信する。当然男性は「自動的(無意識に)スヴィチ」が入るようにプログラムされている(遺伝子が作動する)。人類の祖先時代以前から!

男性の場合逞しい姿や豪華そうな服装 / 振る舞い / 持ち物(例えば車)を披露することにより女性も「自動的(無意識に)スヴィチ」が入る。動物の世界と全く同じ仕組みですが、人は動物や昆虫と「同じ手」を使って異性に性の暗号を送信すると指摘すれば大抵怒られる。

しかし、「とんでもない!そのつもりではありません。」と言っても事実は消えない。「性的スヴィチオン」パターンで毎年軍事予算を遥かに上る売上をもたらすビジネスもある:ファションだ。歴史的変化があったとしたら、その際何かの形で背景には男女関係があったと推測する。

「性」は生物にとって固体の生存意志に続いて二番目強い力はである。この多大な力はあらゆるものに注ぎ込むことができる。活動の動機は大半この「性」にあることを認識し、この力をcreatively (独創的)and productively(有意義的) 利用すれば、世の中は随分明るくなると確信している。

病気

「病は気から」と言う慣用語は誰でもしている。あらゆるの病は多かれ少なかれ「気」によるか「気」に影響を受けるのは東洋医学で考えている。
したがって、来院する患者はその「病の気 = 病気」を持って、出来る限り早くなくしたい。その気持ちは良く分かるつもりだ。では具体的には・・・
患者が自分の病の気を治療者に「取ってもらいたい」、言い換えれば治療者に送り込み、その代わり治療者から「元の気 = 元気」、つまり健康である能力を受けたい。
治療者はこの「病の気をなくして、元の気を取り戻す」過程において単なる仲介役(理想的に)ですが、やはり「気をつけない」と病の気の渦に巻き込まれる。つまり、治療者は病の気のゴミ箱のようなものだ。そして、どのゴミ箱は何時かいっぱいになる。治療者は病の気で満杯になってしまえば、治療も出来なくなるし、自分も病気に成る。
 自然界から新鮮な「気」を取り入れて「充電」しないといけない。私はそのため定期的海に行って、生命の母に手を翳していらない病の気を放出してから新鮮な気を頂戴し、海(空、大地など)に感謝する。