Category: 医学

医学全般に関係する意見

医者と人間

医者 - 広い意味では医療従事者 - は患者=患っている人を助ける事を使命とする職人(「説文解字」によって:「医は病を治す工である」であるべきだと私は認識している。確かに最先端の医療技術では昔知らなかった/出来なかった診断や治療が可能になったのは間違いない。

ただし・・・専門職の医者はこの程度の「専門」では満足しない。内科、外科、整形外科、小児科など多岐な細分化続ける。例えば専門職=医者→内科→循環器系(内科)→心臓専門。要するに:1:専門の2:専門の3:専門の:4:専門になる。必然的(お言葉ですが)視野狭窄症を患っている専門馬鹿になる。(これを裏付けられるエピソードは数多くありますが、ここに述べる事を遠慮させて貰う。)

今の医療体制は「仁術」より「ビジネス」として撮らえているが事が主流になっているでしょう。診察は良くても数分程度で終わり、その間医者がパソコンの画面に表示されている数字を眺めながら、「特に変化がないから、次の予約を取らせてください」で終了してしまう。病変があった所を診たり、触ったりしないことが多い。症状を訴えている所以外何一つ診ようとしない。診察中間人間である患者を実際に診たり(見たり)もしないし、人間らしいような交流は略皆無。特に年寄は診てもらう気はしないようです。私も前立腺癌のため三か月一遍病院に受診しなければならない。毎回採血をし、前立腺癌の変化を表す “PSA” を測って貰う。だが、それは「トーマス」と言う人間=患者のほんの一部しか捉えていない。どの患者も肉体と精神があり、それを分離する事出来ない筈。「心身状態」 = “shin shin jotai” = SSJ(私は今勝手に作った「検査値」) のような値で表す事はできない。健康状態を把握するために心身状態に加えて社会状況や金銭的状態を含める事がWHOの健康定義に寄ってい不可欠だと考えると、医者は(病)人を診る事を放棄している事明らかでしょう。

血液検査やMRIで体の内部から情報を得る事には私のような手仕事で適わないが、医者が持っていない貴重な手段は私のような職人がある:時間!私は通常の治療が何時も1~1.5時間、初診の時の問診が時間掛かるものから1.5~2時間程かかる。その間今対応している患者んの生活、肉体的、精神的、社会的状況を聞いて、医者より遥かに詳しく知られる。

そういう意味では私の治療は “timeless” (時間で計り知れない)であるからこそ “priceless” (お金で買えないほど非常に貴重)でもあるかもしれない。

現在実際の状況は異なっても、且つで日本の医療に強い影響を及ぼしたドイツでは「外来診療」を “Sprechstunde” と言う。直訳では「話す時間」です。「話す分」や「話す秒」ではない!

現在医療の科学的根拠(EBM = Evidence-Based Medicine) 誇らしく強調しているが、過去10~20年の間古き良き時代の NBM = Narrative-Based Medicine (患者の話に基づく医療)も僅かでありながら復活しつつある。ありがたい事!

Loading

最近注目されている・・・

このフレーズは先日スポーツ選手に関するドキュメンタリーで聞いたが、それ以外にもニュースや新聞などで良く目にする。

左記のスポーツ選手(スノーボード)の場合足底筋の話だった。競技の内容から考えても足底筋の訓練が求められるのは当然でしょう。しかしその足底筋の訓練はスポーツ選手のみならず、一般人の健康維持にも大事だと言うことを「最近注目されている」で言いたかったらしい。

それはそれで結構だが・・・

足底筋の「訓練」は太古昔から武術において欠かせない事だし、日本舞踊、茶道などなど多数の伝統芸にも求められる。

ならば、「最近注目されている」と格好良く言っている人は日本の伝統に関する知識が些か不十分か、伝統文化が無視されている傾向があるかもしれないが、私のようなよそ者から見た立場では少々情けないような気がする。

添付の写真は私の弓道の先生だ。先ず、あの形で弓を引くのは足底筋の使用が不可欠だ。何百年の前から(日本では)の常識。「最近注目されている」なんて・・・

Loading

説明はただ働き

患者は医療施設に受診し、検査結果のコピーを頂き、医者に妙な言葉で診断名が告げられ、また来週にいらっしゃいと言ったパターンは誰でもしている。その中に先ず問題になるのは診断名。例えば患者に「マイコプラズマ肺炎」、「C型肝炎」や「潰瘍性大腸炎」などの専門用語が突きつけられる。医者が肺炎は胸の病気、大腸炎は腹の病気だと解説が加えてくれるかもしれないが、患者がその事理解してもらったかどうかを確認する医者は、私の経験では殆どいない。

患者が病院の帰りに来院すると、「先生、〇〇病って何でしょうか」と聞かれる。そうすると出来れば患者が分かるような言葉である程度の理解が確認出来るまで説明する。左記の「ある程度の理解」は大半の場合患者が「なるほどね」と大きくうなずく仕草で表現される。問題は、私は「ただの鍼灸師」で、専門家ではないし、生きている百科事典のように、全ての病気の知識をもって、即座どんな質問にも答える能力(当然)はない。私はちゃんと説明できない時患者ががっかりする事もある。しかし、例の「〇〇病」を説明するのは、本来その診断名を使っている医者の仕事だと思う。

ここもまた保険診療の罠がある。つまり、説明するだけでは「点数」=保険会社に請求する診療報酬は殆ど稼げないから、医者にとって説明するのは時間と手間を掛かる割に収入に繋がらない → 要するに「ただ働き」になる。よって、そのような面倒な仕事は他人 → この場合私に押し付ける事が作戦でしょう。

例:5年まえに亡くなった義母に肺がんが診断された際、義母、妻と私は医者の説明を受けた。その説明は凡そ1時間も掛かった。(大病院勤務)医者としてお見事と思ったが、提案された大変苦しい検査法(気管枝鏡)で細胞を採集し、遺伝子情報に基づいて極めて高価の治療に賛同しなかった瞬間で態度が代わり、「その辺の開業医で診てもらいなさい」で説明会が終了した。その後会計で凡そ300円を払った。無論保険診療だった。保険会社から貰うお金を考慮しても、パートタイムの時給より安いかもしれない。その状況では医者が説明したがらないのは分かる。結果的患者が損する者になる。

Loading

Painful acupressure …

 This is UNACCEPTABLE!

The nails cut into the flesh!!
The other day I was asked to “evaluate” a DVD to determine, whether its translation and eventually publication in Japan is worthwhile.
While I was watching the DVD, featuring three professional therapists (all university graduates), I noted that ALL of them kept rings, watches etc. on their respective hands and at least two of the three had finger nails clearly extending beyond the finger cups.
Probably I am very old-fashioned, but I learned “in school” – this in itself does not mean anything – that professionals are not supposed (I think even prohibited by (Japanese) law) to have rings, watches … anything metal … on their hands during the treatment. Personally I am very much in favor of this idea and NEVER have anything metal or otherwise hard on/at my hands.
Again, when I was looking for some stuff and found on Wikipedia a picture of an acupuncture practitioner (see link). This clearly shows very long fingernails and even a mark on skin, where those finger nails have pressed into the flesh (of the patient/model).

Acupressure


http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/0/05/Acupuncture_point_Hegu_%28LI_4%29.jpg

This is UNACCEPTABLE!
The practitioner is hurting the patient.
Since Hippocrate’s time “Primum non nocere (first, do no harm)” is known to have utmost priority in all forms of treatment!!!

Loading

Avian influenza / COVID

以下に日本語 / 英語 / ドイツ語を並記します。

Below I list an old article of mine in Japanese / English / German about avian influenza and my personal view of the virtues of moxibustion treatment. I believe, this also applies to the current COVID pandemic.

以下のリンクをたどれば更なる情報がある。
These links lead to more information.
Die folgenden Links führen zu Seiten mit weiterführenden Informationen.

http://www.cdc.gov/flu/avian/outbreaks/current.htm
http://www.who.int/csr/disease/avian_influenza/updates/en/index.html
http://www.shanghai.cn.emb-japan.go.jp/tori/index.html
http://www.wpro.who.int/health_topics/avian_influenza/

鳥インフルエンザ
 再び人類が顕微鏡でないと見えないほど小さな敵の攻撃に曝されている。その危険は決して侮ることが出来ないが,慌ててしまうと矢張り見えるものが見えなくなる。
 現時点では「特効薬」がないそうだ。鳥インフルエンザヴィールス自体も刻々と変化しつづけている。もし「特異的な」治療法がないようでしたら、数千年の実績を誇るべき治療法を一度視野に入れても損はないでしょう。
 お灸は「非特異的に」人間の免疫機能を活性させる事は、疑問を持てずほどはっきりと証明されているようだ。ならば、病気になるまで待って、それから果たして安全かどうかが不明な薬剤を投与することは余り賢くないと思う。そして現在市販されている新薬以外、商売の極めて上手の中国人はそれなりに高価な「特異的に効く漢方薬」を発売するのも時間の問題と予想する。SARSの時もそうでしたから。
 ならば、是非安価であって、それぞれ個人で自宅に実行出来るお灸をお奨めしたい。商売にはならないが、国民の健康が心配であれば、この方法を思い出してもらいたい。

zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz

Avian influenza
Again, mankind faces the threat of an enemy so small, that it can be seen only under the microscope. The danger of this disease definitely cannot be taken lightly, but panicking in the face of this threat will only impair cool judgement.
Currently there appears to be no “specific drug” to treat this disease. And the virus itself continously changes. If that is so, it may be a good idea at looking at available treatment forms that can look back on a tradition of several thousand years of successful treatment: moxibustion.
That moxibustion “non-specifically” activates the human immune function has by now be verified beyond doubt. So, waiting to get sick and then be treated with drugs of possibly questionable safety and efficacy, does not seem very wise to me. And in addition to the already commercially available modern drugs, I have no doubt that the Chinese with their wonderful capitalistic sense of business will shortly announce the successful development and marketing of a (probably not inexpensive) Chinese medicine specifically effective for this disease. I remember that this was the case with the SARS epidemic too.
Well, why not try the extremely cheap moxa therapy, that can be performed by anybody at home? This will certainly NOT generate any business, but if someone has an earnest interest in the health of the people, this is a therapy that deserves to be called to mind!

zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz

Vogelgrippe
Wieder einmal sieht sich die Menschheit der Bedrohung durch einen Feind ausgesetzt der so klein ist, dass man ihn nur unter dem Mikroskop erkennen kann. Und obwohl die Gefahr beim besten Willen nicht leicht genommen werden darf, Aufregung im Angesicht dieser Gefahr kann das Urteilsvermögen beeinträchtigen.
Derzeit gibt es offenbar kein “spezifisch wirksames” Wundermittel gegen diese Krankheit. Außerdem ist der Virus in der Lage sich selbst ständig zu verändern und weiterentwickeln. Wenn dem so ist, könnte es durchaus eine gute Idee sein, sich auf Therapieformen zu beziehen, die auf eine mehrere Jahrtausende überstreckende Tradition wirksamer Behandlung zurückblicken können: zum Beispiel die Moxibustion.
Das die Moxibustion die menschliche Immunfunktion “nicht-spezifisch” stimuliert, ist inzwischen über jeden Zweifel erhaben nachgewiesen worden. Jetzt darauf warten, dass man krank wird, um sich dann mit modernen Medikamenten behandeln zu lassen, deren Sicherheit und Wirksamkeit nicht unbedingt erwiesen ist, scheint mir persönlich keine sehr weise Entscheidung zu sein. Außerdem würde es mich nicht wundern, wenn neben den bereits kommerziell erhältlichen modernen Medikamenten die Chinesen mit ihrem wunderbar kapitalistischen Sinn fürs Geschäft in Kürze mit einer “neu entwickelten und hochspezifisch wirksamen” (vermutlich auch nicht sehr billigen) chinesiche Medizin auf den Markt bringen. Ich kann mich daran erinnern, dass dies bei der SARS Epedemie auch so war.
Nun, warum dann nicht einmal die extrem billige und dabei gleichzeitig von Jedermann zu Hause durchführbare Moxibustion ausprobieren? Dies wird mit Sicherheit NICHT geschäftlich interessant sein, aber für Alle, die ernsthaft um die Gesundheit der Menschen besorgt sind, ist dies eine Therapieform, die einmal in Erwägung gezogen werden sollte!

Loading

感染症

「感染症」は今もっぱら「新型コロナウイルス」と連想されるものです。しかし、感染症は地球に生命体が発生して以来からあります。従って、歴史を通してすべての文化圏や時代は常に感染症との闘いでした。
 当然今のような合成新薬やワクチンはありませんでした。対象方法はいわゆる伝統療法でありました。その方法は必ずしも有効ではなかったため、今まで「医者より養生」の概念が重視されました。
 東洋医学の古典の一つ=「傷寒論」(2000年ほど前の書物)は正にあらゆる感染症の治療=漢方薬を詳細に述べています。しかし、これは既に感染症になって、どのような薬物治療をすればよいかの話です。
魔法の解決策ではないが、私は鍼灸師としてちゃんとしたお灸を何より先に勧める。しかし、「今風の人々」は「お灸?????」とまず嫌がるでしょう。



 お灸は誰でも、何処でも他の治療より安く出来るものだ。一度考える価値は十分あるだと思う。
 旧式のお灸では皮膚に小さな火傷を作ります。火傷のため自分の細胞が幾つか壊れ、出てしまう細胞の内容が自分の免疫機能で「異物」として認識されているから、免疫機能が活性化され、その異物を処理するようになります。
もうおよそ100年前にこのようなお灸は結核に対してどのようか効果があるのか原志免太郎先生が研究し、その科学的根拠を究明した。つまり、お灸は免疫力を増加することに関する科学的論文は既に一世紀まえからある。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E5%BF%97%E5%85%8D%E5%A4%AA%E9%83%8E

この原先生の研究に上記の研究に基づいて電気も水も通っていないアフリカで***簡単に出来るお灸***を進めているNPOプロジェクトを設立し(日本のレガシィを伝えるのはイギリス人です!)、現地でお灸で結核の治療を進めている:
https://www.moxafrica.org/

私は取り敢えず正体不明のワクチンや薬よりお灸を選択する。

相変わらず「妙なチャンス」

去年の5月にブログに 「妙なチャンス A strange “chance” 」と言う短い文章を投稿した。即に同業者から怒られた。
しかし、ニュースを支配している「パンデミック」が未だに消えそうもない。医療現場は所々で危機的状況にあると報道される。
当院に来ている患者の中にあらゆる病気の関係で医者に行ってもらいたいが、帰って来る返事は:病院に行くのは怖い(から行かない)。
別に当院は「安全」とは言えないが、患者の数が非常に少ないから、大半の場合「個室」(他の患者がいないから)で治療してもらえるから、患者にとって好ましい事。
それに - それは今のコロナ感染と関係ない - 医療施設(それは整骨院、接骨院を含む)に行くと診察は分単位、酷い場合(例えば耳鼻科で)秒単位で終わってしまう。医者は良くPCの画面を見ながら「あなたは〇〇病気」と言い、薬を処方し、患者を返してしまう。
病院の帰りに来院する人もいる。その人達は良く「先生、〇〇病気ってなに?」と聞かれる。本来その病気の説明や薬以外の対象方法を説明するのは医者の仕事がと思うが、結局こちらに押し付けられる。
結果として、僕の治療院に来る人の7-8割は単に「肩凝り」や「腰痛」のため局所に鍼をして貰いたいから来るのではなく、病気に関する悩み/質問、人生相談も求める。私は愚かで無知ですから治療「タイマー10分でチン、はい、次の方」方式の治療できない。昔風患者→患っているの話をゆっくり聞いて、一応東洋風全身を治療対象にするから、治療時間はどうしても長くなる。治るか治らないかは然程関係ないが、時間を掛けて「診てもらった」事に関する満足度は普通の病院と異なると患者から聞いた事ある。

そう言う意味では当院で受診する事は題名の通り:「妙なチャンス」

低所得者基金

低所得者のため

鍼灸治療(費)は現在(少なくとも都会の中とその近辺)8000-10000円程が当たり前の様です。それでは必然的富裕層の方しか治療受けられません。
私はそれをとても賛同出来ません。

当院では寛大な方がいて、意図的治療費より多く払って下さりました(既に2回ほど)。そのお金を「着服」する事も出来るかもしれないが、私と同じような低所得者の治療費を幾分軽減するために当てます。
理想論では本当に治療が必要な(低所得の)方に治療を無料で提供出来たら嬉しいが、残念ながら世の中は中々理想論通りにはならないが、希望をもって続けたい。

患者様 ・・・

この言葉は最近流行っているように見受けるが、どうも「腑に落ちない」。
* 「腑」は無論五臓六腑の「腑」であって、飲食物が臓器の働きによって「腑に落ちる」=消化されて伝播される。転じてある概念/思考などを十分理解しない/出来ない場合それが「腑に落ちない」。
私は「患者様」と言う表現が「腑に落ちない」。十分理解出来ないし、その使い方にも賛同出来ない。

患者は 「患っている者」であるのみ。
同じく医者は「医者様」ではない!
私の好きな言葉:「医は病を治す工である」(出典不明)
医も患者も普通の人間だ。神様、上様、殿様類ではない。
「医は病を治す工である」 - 私もその通りだと思う。
ならばその延長線で「大工様」で言う?言わないはず。
「八百屋様」???変だ。
お客様 - ま、時代の流れにてそれは何とかなれている。

当然ここに「あからさま」になっている「有様」は日本の社会に於ける上下関係だ。
「上様」では文字でさえそれを指している。
お客様はお金を使って自分の店の商品/サービスを購入するからある程度の「見上げるありがたい存在」かもしれないが、「患っている者」「病を治す工である=医」は先ず同等の人間同士である。適切な「治療」を可能にするため不可欠の信頼関係/人間関係は酷く上下の勾配に影響されると関係者の両方とも酷く歪んだ世界観で正しい見方=判断できなくなってしまうだろう。

時代とともに言葉の意味や使い方が変わってしまうのは承知の上だ。
例えば「貴様は何を考えているか」(今、私の発言に対してそう思う人もいるに違いない)と聞くと今日現在では余りいい気分ではないだろう。

き_さま【貴様】→♪[0](代)二人称。(1)男性がきわめて親しい同輩か目下の者に対して用いる語。また、相手をののしっていう時にも用いる。おまえ。「―とおれとの仲ではないか」「―それでも人間か」(2)目上の者に対して、尊敬の意を含めて用いる。「―は留守でも判は親仁の判/浄瑠璃・油地獄{下}」「(髪ナドヲ)―ゆゑに切る/浮世草子・一代男{四}」〔中世末から近世初期へかけて、武家の書簡などで二人称の代名詞として用いられた。その後、一般語として男女ともに用いるようになったが、近世後期には待遇価値が下落し、その用法も現代とほぼ同じようになった〕

私は患者は患者だ。
患者様ではない。
気をつけないと患者様は治療の妨げになり得るのではないか・・・

ダイエット (減量)

翻訳の仕事関係でいつも深夜まで働いている(食事後暫く休憩を入れて)。
食事の際ビールやお酒少々でも飲めば、その場で眠たくなり、寝てしまう事が多い。
よって、深夜まで仕事して、「今日はこの辺まで・・・」と思ったら、お酒少々飲みながらぼーとしてテレビを見てから寝るのは習慣になった。お酒一杯は未だ許されるかもしれないが、飲みながら美味しいおつまみがないかを思いながら冷蔵庫を開けてしまうのはさいなんの始まり。

お陰様で2009年の7月に体重が三桁(100kg)まで増えた。行けないと思いながら「減量」する決心した。結局「先生」(前に生きる=模範)として患者に手本を示す使命があるはずなのに、自分は何もしない事は先生の失格にもなり得るでしょう。

そこで食べる量全体を少し減らし、深夜の酒も減らし(出来ればおつまみもなし)、そして再び好きな自転車を乗る事にした。今頃略毎日約一時間一所懸命に走っている。定番のコースは例えば治療院から江ノ島まで往復、それとも治療院からでも自宅からでも湘南国際村の山を越えるコース。

現時点(2010/11月)では体重は凡そ23 kg減った
「やれば出来るな」と自分でも思った。
この春に「第二ステージ」を挑戦してみたい:更に5-6kgを減らす。
成功すればやっと「正常の体重」領域に入る予定。

私のブログにもあり、そして読売新聞にも掲載されたことある。

「経済効果」:昨年四月から計三回通訳の仕事に出かけた。四月の段階は結構太ったので、技とお出かけ用の豪華の服をかったが、今現在それを着ればピエロのように見える。逆に、もう十年も前から刷けなかったズボンや切れなかったシャツまた入るようになった。片方は大損したと同時に儲けた所もあった。どちらがいいかが良く分からない。

もう少し頑張る。

これは長男の成人式:6年前。その後またかなり太った。                                                                2010年。三男の成人式の時。

2009年の4月にとく大サイズの専門店で購入したズボン。仕事(お出掛け)ように買った。買った当初にはちゃんとフィットしたんですが、約10ヶ月経って凡そ21kg減量して、復周りも20cm余り縮小してきた。

高いズボンは合わなくなってきたが、その代わり20年間刷けなかったズボン今普通に使っている・・・